[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」



Vol.7 2000.7.8
大橋・花博ばかりが淡路島じゃなし!





 草がしげる線路跡の盛り土、荒れた駅や施設……。廃線跡の風景ってどことなくわびしいものですが、そこをたどって行くと、いろんなものと出会えます。

 ところで「日本の鉄道は北海道、本州、四国、九州だけにあるもの……」そうだと思っている人はいませんか? 実はこれ以外、沖縄本島と淡路島にも鉄道があった事を知る人は、今では少ないんじゃないでしょうかね。どちらも随分前に廃止になっていますが、沖縄本島のような大きな島は別にして、いわゆる“島”で“人を乗せる事が主な鉄道(旅客鉄道)”があったのは淡路島だけみたいです。そこで「もしかすると、その跡が残っているかも?」って、ことでたどってみました。
淡路詳細地図

  淡路島の南寄り、大阪湾に面した洲本市は島で一番大きな街です。ここから淡路鉄道(現・淡路交通)が洲本−福良間約23キロの鉄道を開通させたのは大正14年のこと。
 線路は淡路島の南部を東西に、洲本市から緑町・三原町を通り、南淡町の福良まで結んでいました。地元の通勤・通学客や鳴門海峡の渦潮見物の観光客の足として活躍しましたが、昭和41年に廃止になっています。
 30年以上が過ぎていているので、「もう何もないだろう・・・・」と、あきらめ気分もあったのですが、これが行ってみるといろいろ“跡”が残っていました。

 たとえば起点だった洲本駅。今は淡路交通のバスターミナルに変わり、駅だった事がわかるものは何もないのですが、周囲の古い街の様子は「これって昔、駅前通りだったのかな?」って、感じもします。終点の福良駅だった所も同じ様な感じで今バスターミナルになっているって感じ。

 このほか、田んぼのあぜ道のように残っている線路跡。川の土手には橋台がそのまま。駅の跡地は今でも空地だったり、線路跡が道路や歩道など別のものに変ったり・・・・。すでに周りの風景にすっかり馴染んでいるものがほとんど。廃線跡独特のわびしい空気はあまり感じませんでした。ゆったりした淡路の空気がそうさせているのでしょうかね。

 淡路島は実際に走ってみると、「ほんとにここは島かいなぁ?」なんて思ってしまうほど大きさを感じます。今この島に鉄道がないことが不思議なくらいです。
線路跡は、田んぼのあぜ道と電柱の用地に
洲本駅跡、今はバスターミナル
成相川の橋台。線路があった他の川にも橋台が残ってました

 明石大橋・花博でいろいろにぎやかな淡路島ですが、それをあてこんだ開発であっちこっちに削られた山肌や景観と不釣り合いな建物目立ってきました。
 大橋開通で“通過地”になってしまう危機感からそうなっているんでしょうが、観光は自然を売り物にしているのに、それを壊して観光地を作るって事は、先細りにしからなんないんですけどねぇ。先例は山ほどあるんですけど・・・・。

★淡路鉄道跡は住宅街も多いので、もし訪ねる場合は必ず走行マナーを守ってください。
淡路交通のホームページ(鉄道の写真があります)

ツーリングメモ  〆(^^)
 明石大橋・本州四国連自動車道の全通で陸続きになった淡路島。大橋の前後は休日は混み合うので、時間にゆとりをもって走りましょう。行き帰りのどちらかをフェリーにするのも楽しいかも? 
 フェリーは明石−岩屋(たこフェリー)、津名−りんくう(泉佐野)の2ルートだけになりました。
 淡路から四国へ渡るフェリーはありませんし、バイクはタンデムで明石大橋・鳴門大橋は渡れません!ここの観光にバイクはいささか蚊帳の外みたい!?

道路事情:R28は淡路東岸(大阪湾沿い)を走って洲本から内陸を抜けて南淡町へ。全体の道路整備は整っているが、洲本周辺は買い物クルマと観光クルマなどで混雑しやすい。◆西岸(播磨灘側)は全体の交通量は少なく走りやすい。

 夏は慶野松原など海水浴場が多いのでクルマが増える。◆南岸(紀伊水道側)は、島内で自然が最も残っている地域の一つ。洲本〜由良〜海岸線に出るまでの道は整備が進んだものの、急カーブや見通しの多い箇所が多い。特に1月〜3月ごろの水仙の開花期は、観光客がバスなどで押し寄せ、離合困難な箇所では渋滞も起こることがある。海岸沿いの道は波が高いときは通行止めになります。
黒岩水仙峡、紀伊水道に面した斜面から見る。眺めは格別!
二輪具新聞の部屋TOP
風色倶楽部INDEX