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Vol.6 2000.5.21
久々のツーリングは、また九州かよ!



南港 マリンエキスプレス
大阪南港
 祖父の十三回忌(法事)で、また九州のばぁちゃんとこへ行くことになりました。
 去年の秋行ったのは、法事が翌年の春あるあることをすっかり忘れて行ってたんですね。それでまた半年後に行くハメになってしまいました。
 まあ、最初法事前日に着く予定でいたんですが、運悪くフェリーは満員。そこで当日着の船便になっちゃいました。これも自業自得でござるでござ〜る!


 サンサンと日ざしが注ぐ宮崎は朝から春というのに夏のイメージ。 satounoとカミさんを乗せてきっと重いはずのアルティシアは意外と道を軽々スゥイスゥイ。目指すは日南市・飫肥(おび)城だ ―!?
 「えっ、ばぁちゃんとこへは行かないの?」あっ、そうでした。実は宮崎からばぁちゃんとこの球磨までは一般国道をゆっくり走っても二時間半ぐらいなんです。

 朝に宮崎に着いたから時間が余る「せっかく宮崎まで来たんだし、どっか行こうかな?」という実に深い訳(??)がありまして、フェニックス並木の日南海岸を南下するのです。まぁ、観光客がゾロゾロ走ってましたが、 satounoはこの後の誤算をまったく予測できずに進むのです・・・・。




飫肥(おび)に来たよ、ちょんまげ

飫肥城
飫 肥 城
伊東氏と飫肥城

 伊東氏は鎌倉幕府より日向・都於郡の地頭に任命され、日向との関わりをもつ。
 日向へ下向して支配したのは室町時代6代・伊東祐持が、足利幕府より日向・都於郡の領地を賜ってから。
 やがて勢力を伸ばし、16代・義祐のころは日向一帯に48の城を築き、戦国大名として最盛期をむかえる。

 しかし勢力を伸ばしてきた島津氏に木崎原の合戦で敗れた頃から、その力にかげりを見せ始め、天正5年に島津氏の工作による家臣の造反によって日向を追われ、領土を失い、豊後・大友氏を頼る。

 天正15年(1587)、大友宗麟の懇願で豊臣秀吉が九州出兵を行った際、秀吉配下にいた17代・伊東祐兵は戦功をあげ、日向・飫肥郡を拝領する。以後伊東氏は日向・飫肥藩・五万一千余石の大名として明治維新まで存続する。

 飫肥城は、飫肥(日南市)酒谷川のほとりに作られた平山城。戦国時代には伊東氏の支城としてこの地の支配を巡って、島津氏とのな戦いが約80年繰りかえされた。

 伊東氏の本拠としてから近世城郭として整備され、明治になって破壊されたが、昭和53年に大手門、54年に松の丸などが復元された。
 周辺には豫章館と庭園、藩校・振徳堂、旧伊東伝左衛門家をはじめ城下町の面影を残した建物がある。一帯は伝統的建造物群保存地区に指定され“九州の小京都”と呼ばれる風情を漂わせている。
 飫肥ってところは読める人が少ない日南市の城下町。
 山から太平洋に向けてパーっと開けたような感じの平野の街は空が広い。九州の街はどこもそうだけど空が広いんだ。
 これは人のためには大切なことだと思う。妙に都会を追っかけてビルやケバイ建物なんか建てないでほしい。 都会はこれをやって失敗したのだから。都会化に幸せな暮らしは待ってないですよ。ホント。

 大手門に向かう通りは休みというのに静か。日南の観光の車もここまでは来ないみたい。観光地としての過剰さもない。
 復元された城郭は時代劇のロケにも出てきたことがあるので見覚えがある。たしか映画「国東物語」(大友宗麟の物語)だったかな? 使ってた様な気がします。

 主役は隆 大介(黒澤明「影武者」の織田信長役、最近では「ウルトラマンダイナ」の主人公の行方不明の父役)。この人は地味だけど、殺陣がすごい。(御家人斬九郎・第1話で渡辺謙と斬り合った時は恐かった〜!)や峰岸徹とかの俳優がロケで来たんでしょうね。

 ところで城の主だった伊東氏は、九州最強の薩摩・島津氏と約八十数年間も渡り合った鎌倉以来の名家。
 日向に覇を唱えて栄えた事もある。戦国時代の甲冑や刀なんかもゾロゾロと資料館にあり、鎧のくぼみなんかをみてると、「戦いの痕?」なんて思いを馳せて・・・・子供のころ侍になりたかったsatounoは、こんなのばっかり興味を持って見に行くのです。だから“ブリブリざえもん”が好すきなんですよ!?。

 つき合わされるカミさん大迷惑・・・・かと思えば意外とこういったモノが好きで、日頃からでも時代劇・時代小説なんかよく読んでます。
 TVの「剣客商売」はずっとみてました(藤田まことはうまいケド。大二郎役の渡辺篤夫の殺陣もがうまくなったね)。 でも「るろうに剣心」とかのまがいものは見ないみたい(ファンの人ごめん!<(_ _)>)

 ところで大手門前にズラではなく、地毛でちょんまげを結って人力車引を引いてたおにいさんがいました。どうも日頃“ズラなれ”(?)してるせいか、あんまりキレイに見えなかった。本当のマゲってあんなもんなんでしょうかネ。

 飫肥城を出たのは11時ジャスト。「三時間あったら着くだろう」と思っていたら、飫肥から都城への峠道が想像以上に厳しい道だった。あっちこっちで崖崩れの傷跡とその工事待ちの連続。
 やっと抜けたら都城〜小林での車の流れの悪さで、想像以上のロス。法事会場についたのは四時すぎ。法事は四時まででしたが、私達の為に待ってくれたんですよ。会場は後の予定がはいっていなかったので延長してくれました。

 ご親戚御一同の皆様。私どものいい加減さで遅れてしまい。大変ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。
 精神的にお返しさせていただきます。 m(_ _)m<(_ _)>←謝る図


★飫肥城がある日南市のホームページ




大滝と温泉へいったよ、ちょんまげ!

鹿目の滝、
吉尾温泉
栗野岳温泉
 去年は雨で近所のヘルシーランド「薬師の湯」に入りびたりでしたが、今回は法事と休日の都合で日程に余裕がない。
 遠方の親類を人吉駅まで送りにいったりで、結局1日と帰りの宮崎の途中での温泉へ行くだけにかぎられてしまいました。まぁしかたない。

 まず行ったのが[鹿目の滝]。人吉市内をから南西へ行ったところにある滝で、それほど山奥ではなく階段とか整備されて近くまで行けます。
 雄滝と雌滝があるそうで、satounoが見たのは雄滝だけなんですが、落差が40mほどある大滝で、縦に沢山の筋目がいった崖から落ちる水柱の様は圧倒されるものがある。人里近い所でこんな大きな大滝を観ていると、あらためて九州の山の奥深さを実感。

 続いては芦北町の吉尾川の谷間に湧く[吉尾温泉]。
 昔鶴が傷を癒していた のを見て発見したそうで、八代海沿いや人吉などの周辺の温泉地とは対照的で静かな温泉。この日は春にしては真夏なみの暑さにカミサンは少々疲れ気味。でも「いいお湯ね」と気にいってくれてひと安心。

 帰路の日。フェリーに乗る宮崎港へ行く途中で寄ったのが霧島の[栗野岳温泉]。
 西郷さんもよく湯治に訪れたという温泉。いろんな温泉があって今回入ったのが竹乃湯っていう石づくりの湯船。そしてお湯が灰色の泥湯。しょっぱくてぬるぬるしてましたが、泥が体にこびりつくなんてのはなくて、かえってすべすべして気持いい。そして休みでもそんなに混んでませんでした。
 観光地・霧島の中では比較的観光客が集まりやすいえびの高原・高千穂峰などからは少し離れているせいか、比較的穴場なんでしょうね。
★栗野岳温泉がある栗野町商工会のホームページはこちら

ツーリングメモ φ(。_。)
飫肥城:宮崎市内から約1時間。R220を南下し途中でR222へ。

 日南海岸は名所が多い。眼下に続く鬼の洗濯岩にはつい見とれてしまいがち。ただしキツイカーブも多く、不用意に止まる見物の車も多いので特に注意。

鹿目の滝:人吉市内の西より、R219・繊月大橋の西より(下流側)にある西瀬橋をわたって約5q。途中狭い所もあり走行には注意。

栗野岳温泉:宮崎市内から一般道路で約2時間30分程度かな。R10とR268を経て栗野町へ。温泉の案内表示を左折。◆高速道路利用/鹿児島自動車道・栗野インター下車。R269をえびの方向へ走って右折。★R268から栗野岳温泉への道は狭い所や見通しの悪い所もあるので注意。

 「走行に注意」が多いメモでした!


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