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| Vol.11 2000.9.25 なんと!こんな所に!? |
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| まさかりかついだ金太郎〜〜♪なんて、童謡で有名な金太郎さん。このおはなしを知らない人はまずいないでしょう。 その金太郎さんのお墓が兵庫県・川西市にあると聞いて、行ってみたら本当にありました。「ほんまかいな!?」って疑われそうですが、実はズバリではなく、そのモデルになった人物、坂田金時(さかたのきんとき)というお侍のお墓でした。 言い伝えによると、金太郎(金時の幼名)の母は足柄山の山姥(山の神の巫女)だったといわれ、赤龍が夢に現れて金太郎を身ごもったとも、雷神の落とし子ともいわれています。 |
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| 坂田金時の墓 本堂の東にあります | ||
| その真偽はともかく、金太郎は21歳のとき源頼光(みなもとのよりみつ)に見いだされ、坂田金時という名を与えられたといわれています。そして渡辺綱・ト部季武・碓井貞光らとともに“源頼光四天王”と呼ばれる家来となり、都を騒がす大江山の“酒呑童子”を頼光とともに退治したといわれています・・・・。 これらがすべて史実とは思えませんが、目ざましい活躍や武勇伝がおとぎ語を生んだのかもしれません。 坂田金時のお墓がある満願寺は、近くの多田神社とならんで源氏のゆかりの古いお寺です。源氏といえば関東武士という印象が強くありますが、元は天皇の血を引く関西の一族なんです。 |
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| 天皇の血を引く一族(皇族)は本来ずっと皇族でいられたんですが、平安時代になってから、も何代か重ねたあたりから、臣籍降下(皇族から離れる)させ、源(みなもと)・平(たいら)などの姓を賜って貴族や武士になりました。これは中世のリストラや経費削減と申しましょうか!? その中でも、清和天皇の孫・源経基(つねもと)から始まる清和源氏は、その子・満仲(みつなか)の代になると摂津の多田荘(現在の兵庫県・川西市付近)を本拠にして藤原氏配下の武士団として勢力を強め、その後の源氏発展の基礎を築きました。 満仲(みつなか)の子供たちはそれぞれ多田源氏・大和源氏・河内源氏と呼ばれ、各地で勢力をつけ、やがて関東で勢力をのばした河内源氏の地を引くの源頼朝が、鎌倉幕府を開くことになります‥‥。満願寺・多田神社のある川西市一帯はそのルーツの基盤という訳です。 坂田金時が活躍したのは約千年も昔の事です。今の満願寺は住宅地と森が混在する山の中で、年々緑が削られているのが残念ですが、お寺の周辺はまだ歴史のエピソードを凝縮している様な気がします。 満願寺は観光地ではありません。訪れるときはマナーを守りましよう。 満願寺のサイト |
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