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今夜の番組チェック



ログハウス貸別荘「星座」
Vol.28 2005.06.08
アクセス15万突破記念もありまスタ〜(´∀`;)



梅雨前の駆け込みツーリング、てかぁ〜!?

 延期になっていたツー・オフ会ですが、梅雨前の6月5日(日)開催しました。

 9:30ごろ、池田市のR173沿いのローソンに集合。参加者は管理人、バイクTekuTeku紀行のたぬたぬさん、彷徨猫放記録のあめふらしさんの3人。たぬたぬさんは久々のツーリングだそうです。

 ここのローソンは阪神高速池田線の最終出口直後のせいか、梅雨前の駆け込みツーリングのバイクがゾロゾロ集結。私たちもそうですけどね・・・・・(^^;)
 その多さに3人で「こりゃ走っても止まっても迷惑だわ・・・」と思ってしまいます。あんまり集団になるってのも考え物かなぁ? しかしオフ車が殆どいないゾ!?・・・・○| ̄|_

 てな訳で3台は10:00過ぎ、バイクでごったがえすローソンを出発〜。まずは篠山市・羽束川沿いの篭坊(かごのぼう)温泉へ。
篭坊温泉、400cc、250cc、80cc多彩な3台が集合
 この温泉は一ノ谷の戦に敗れた平家の落人が傷を癒したという伝説もある古泉。かつては有馬温泉と並ぶ名湯と云われ、三田や池田から路線バスが出て賑わったそうです。
 今は静かな谷間にある湯治場って感じ。閉鎖された旅館が目立つのは少しわびしいですが・・・。大人数で行くより、数人で楽しむのがいい温泉です。

 この温泉はかつて三ツ矢サイダーに使用していました。 三矢サイダーといえばCMでもルーツを紹介してますけど、ここから少し南にある多田村平野(現在の兵庫県川西市多田)で湧出する炭酸泉から明治40年、「平野シャンペンサイダー(三ツ矢サイダーの元名)」を作ったのが始まり。その後よく売れて新たな炭酸ガスの供給元が必要となるんですね。・・・・原料不足ってことでつね。

 大正12年、含炭酸塩類泉の篭坊温泉で源泉を掘削。そして昭和41年まで炭酸ガスをボンベに充填して西宮の工場まで運び使われていたとか。・・・・かつてこびの温泉はこんな使われ方をされてたんです。
 現在も残る旧三ツ矢サイダー泉源では赤錆色の炭酸ガスを含んだ温泉が湧き、プクプク泡が出ています。これがかつての温泉の活気を伝える数少ないものでした。

 あめふらしさんが泉源の向こうにある河原にコンクリートの枠に赤錆色の液体がたまっているの発見!
“これは温泉か〜!?”と3人は近づきます。手をつけると冷たい(泉源温度22.0度の冷鉱泉なので当然ですが・・・)。これは自然湧出泉源だそうです。
小一時間ほどゆったり。ひょうたん型巨岩露天風呂です。
入る順番を待ってる人に気づかず・・・・m(_ _)m

歓迎の看板アーチがお出迎え〜!?
旧三ツ矢サイダー泉源と記念碑
河原の自然湧出泉源
篭坊温泉・渓山荘 ワンコがいました

篠山でお昼デスた〜(´∀`))
篭坊温泉から北へ少しの所が篠山市街。そこの大正ロマン館でお昼は3人共オムライス。satounoとたぬたぬさんが黒豆アイスを食べました。ここはおねーさんの生ピアノ演奏が楽しめまつ、(´Д`)<ハァハァ〜
大正ロマン館前、バイクがたくさん デミグラソースがうまいオムライス 黒豆入り!
篭坊温泉の位置 篠山市観光協会



歴史の街・丹波をゆくゆく(´∀`)

 次の温泉を目指して、篠山を西へ進むバイク3台。その途中に柏原(かいばら)に立ち寄ります。
 柏原は平成の大合併で丹波市となったのですが、この街は織田信長の直径子孫が治めた街なんですな。

 織田家って織田信長以外あまり歴史の表舞台には登場しませんが、子孫はしっかり残っているんです。
 信長は天正10年本能寺の変で明智光秀に討たれます。これは有名な話。信長には兄弟・子供がいて(そら当然なんですが)、秀吉・家康の天下の元で小さな大名として続いています。柏原藩はその中のひとつ。
 2万石の小大名で城は無かったのですが、陣屋の一部が今も残っています。今これは国指定の史跡です。

 強烈な存在の信長。それに比べて陰に隠れた子孫ですけど、この丹波にいい感じの街を残して明治まで続いたたのですから、充分すばらすぃですよ! だって秀吉も家康も子孫は栄華を誇りましたが、最後は追われる様に歴史の舞台から消えてますから。

 陣屋の向かいには歴史民俗資料館があり、織田家伝来の品々が展示されています。鎧甲冑がカッコイイいい〜!
 街は古い歴史を感じる建物があちこちに残っていて良い感じです。木造の校舎とかいい味出してます。
 今度は柏原だけ絞って行くもいいかも? 走るツーリングも楽しいですけど、腰据えて訪ねるツーリングも良いものです。 
覇者の末裔 栢原藩
 柏原藩は丹波・氷上郡を支配した外様大名。
 慶長3年(1598)、織田信長の弟・信包が伊勢・安濃津から柏原3万6千石に移封されます。その後、信則・信勝と3代続いたが慶安3年(1650)嗣子(跡継)がなく廃藩。以後天領になる
 元禄8年(1695)、織田信長の次男・信雄の5代目の子孫である織田信休が大和・宇陀郡松山より氷上郡・柏原に移封。柏原藩2万石として以後信朝・信旧・信憑・信守・信古・信貞・信敬・信民・信親と10代にわたって統治。
 藩政は慢性的な財政難が続き、文政7年(1824)と天保4年(1833)に大規模な農民一揆が発生。二度御家騒動を起こすなど不安定ではあったが、明治維新を迎える。
 明治4年(1871)7月廃藩置県で柏原県。11月豊岡県編入。明治9年(1876)兵庫県に編入。
柏原藩主織田家旧邸長屋門 門内側は向かって左側が番所、右側が馬見所と砲庫。1714年創建当時から唯一の現存建物。 柏原藩陣屋敷跡 文政元年1818年に火災で焼失、文政3年(1820)に再建された。現存するのは表御殿の一部。 国指定史跡 柏原藩陣屋敷跡・書院次の間
古屋の主ヤモリ目撃!

柏原藩陣屋敷跡は、2005年9月27日〜2006年8月31日まで
第2期改修工事の為、入場・見学ができません。

 柏原町歴史民俗資料館・田ステ女記念館
 柏原藩織田家に関する歴史資料・伝来品を展示公開。展示室にある柏原藩陣屋復元模型と、向かいの陣屋とあわせて見学すると、当時の大名屋敷がわかります。
 このほか、元禄四俳女に数えられる柏原が生んだ俳人・田ステ女の資料展示公開をおこなう、田ステ女記念館も併設。



★開館時間 9:00〜17:00 休館日 毎週月曜日・年末年始
★入 館 料 大人200円/中学・高校生100円

 ここの観覧券で柏原藩陣屋敷跡も入場OK
丹波市柏原町の位置  柏原町観光協会



多紀アルプスの向こうへ

 柏原を後にし、多紀アルプスの向こう側(北側)にある国領温泉をめざします。
 昔は「山之神湯」と呼ばれた湯治場として何軒も宿が並んだ温泉だったそうですが、今はこの助七旅館だけ。集落の中にあって、通り過ぎてしまいそうなくらい周囲にとけ込んだ感じの旅館です。

 赤鬼の湯とお福の湯の二つの湯があり、それぞれ男湯女湯となっていて、赤鬼とは丹波の戦国大名・赤井直正(萩野悪右衛門直正)の異名。お福とは春日局の事。それぞれ地元ゆかりの人物の名が付けられてます。泉質は単純二酸化炭素泉でここも赤錆色してます。

 露天風呂は、大人4人でいっぱいになる大きさ。お湯の温度がちょうど良く気持ちいい〜。ツーリングの疲れを癒し、ゆったりまったりの3人。

 猪の剥製を話題にしながら?16:30ごろ帰路へ、丹波〜猪名川と抜けます。川西・池田の南北幹線は渋滞の名所。それを裏道・旧道へ何とか回避しながら夕暮れの18:00過ぎには池田まで戻り、それぞれ自宅方向へ。
 ・・・・約200kmのオフ会ツーリングでした。

 急な延期の為参加出来なくなった皆様、申し訳ありませんでした。また次回ご参加下さい。<(_ _)>
赤鬼の湯・露天風呂
国領温泉 七助旅館
国領温泉の位置 七助旅館
春日観光協会
彷徨猫放記録のあめふらしさんより画像の提供いただきました。ありがとうございます。


ツーリングメモ・・・Φ(._.)_
 大型二輪免許取得が緩和され、タンデムで高速も走れるようになり、オーバーリッター・バイクがよく売れてます。昔ナナハンに憧れた時代とは比べものにならない状況の変化です。
 大型(400cc以上)へ乗る空気がある中。250ccあたりが主流のオフバイク・ライダーは、ちょっとオイテケボリの感じも無きにしもあらず・・・・。まぁオフ車の大型バイクもあるんですが、日本の林道では重さで死にますから〜○| ̄|_
 そんな中だかこそ、小型二輪(原付二種)に注目するのも楽しいのではないかいな?
 確かに高速は走れません。長距離走行やタンデムはチト辛いんですが、でもそれだけがバイクの全てじゃないです。
 ライダーの体力負担も小さく、大型バイクならビユ〜ン!と通り過ぎてしまう様な事でも、気軽に立ち止まれる良さがあります。そしてなにより維持費が安い! 2台目のバイクとして上手く使い分けるライダー。「車持っているので大型バイクは買えないよ・・・・」って方が車で積んで運び現地で走る・・・・そんな使い方もできます。
 
あめふらしさんのKSRは80cc

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