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ログハウス貸別荘「星座」
Vol.24 2003.06.22
病気快方記念!?ツーリング


 今回の本文はタイトルのとは、なんも関係ありまへ〜ん。m(_ _)m

 それは2002年7月19日の夜だった・・・。フロあがり直後に腹痛ビックウェーブ発生!!ぴーゴロゴロ〜!トイレに駆け込むとこんな文字色の下痢ピーが・・・
 便器から下痢ピーが溢れるかと思うほど出でました。・・・・・ご飯時の方すいません。

 えらいこっいちゃ!とトイレを出ると、気を失い倒れました。そう、貧血です。あーたいへん!
 こういとき我体のいいカミさんがいて助かりました。
 横にしてもらったら、意識が戻りました。その後下血はなくて様子見で一晩過ごし、家から100mぐらい先にある胃腸科へアサイチで歩いて行きますと、夏というのに暗い・・・血が巡ってないので視力が弱っている状態。そして受付で本格的貧血状態。・・・・そのままベットへ運ばれました。

 どうも上部消化器(胃または十二指腸)出血らしい。貧血と血圧が下がり続けているので、緊急に内視鏡検査が必要。この病院では急に対応できないので、市立豊中病院へ救急車で搬送・・・・

 そんで救急車ってよく揺れるんですわ!おかげで緊張し血圧上昇で意識がしっかりしてきました。そんで豊中病院の救急診療科で、胃洗浄(胃の食べ物を全部出す)して内視鏡検査に。

 ウナギのような内視鏡が口からどんどん入っていきます。医師の手つきはなんだか綱引きのようで、オエオエ!えづきながら「おい、なんぼはいるんや!」と心配しながらも(おねぇちゃんが○●▽する時もこんな感じ?)。
 そして十二指腸に潰瘍発見! 血管が切れていてそこからどんどん出血! そんでもってホチキスみたいな針で止血。パッチン!

 まぁ、それで暫く絶水・絶食で10日ほど暫く入院となりました。
 とにかく飲み食いは止血が確認出来るまではNG(点滴はあります)。安静&尿瓶生活。
 食事タイムは最悪・・・・周りは三食くえるひとばかり。きれいな看護師さんも目に入らず ひたすら寝るだけ。
 2日目から歩くことは解禁。しかし依然絶水・絶食。24時間点滴打ちっぱなしは変わらず。
 腹もとことん減ると、感じなくなってきて元気が出てくるんですね。点滴の“太刀持ち”をぶら下げて病棟内を所在なげにウロウロ・・・・。
 ただ口を湿らす氷のかけらを食事の際にもらえるのがシアワセ!

 4日目。ヘモグロビン値が低いままなので“再出血か・・・!”と、急遽二回目の内視鏡検査へ。
 オエオエ〜!とまた検査したらきれいに止血していた。これで食事も夕食から解禁! これからは食って貧血を治すことに・・・・
 夕食の献立は、3分粥、タマネギ・にんじんをすりつぶして裏ごししたもの、麩のお吸い物。これでもうめ〜この上なし。

 8日目・3回目の内視鏡検査。潰瘍はあるものの、出血はなし。これで退院が決まる。7月30日退院。

 しかし、しばらくして食後に痛みが出るので診察を受けたら、担当の救急診療科や内科の医師内科部長)の見当違いの検査に振り回されて結果は「異常なし」。あげく内科部長は逆ギレする始末。大病院で細かな診察は出来ないそうです・・・・。(-_-;)
 そんで最初に救急車を呼んでもらった胃腸科の個人医でみてもらったら、豊中病院で「いない」といわれたピロリ菌はみつかるわ、ずさんな診察・検査が発覚!こまったもんです。

 よく胃・十二指腸潰瘍・胃炎患者に「原因はストレスだ、強い神経を持つんだ〜!」と簡単に言う人がいます。激励のつもりなんでしょう。

 でもね、患者だってバカじゃない。要因・原因はよ〜く知ってマスねん。それに病気とはそんな簡単な理由だけでなるわけじゃない。
 病気になれば気分だって落ち込む。
そこへいかにも知ったような顔で追い打ちのように言われたり、経験とか何とかで決めつけられるのは、なんとも嫌なもんです。

 ちなみに潰瘍・胃炎には、ピロリ菌も大きな原因だとわかってきたんですが、見舞客でそれを言った人は皆無でした。

 どんな病気や怪我でも、本人へ罹ったことを戒めたり“ガンバレ、早くく治せ・・・・”なんって激励の名を借りたプレッシャ−をかけるより、楽しい話で気楽にさせてやりましょうや! 


2002年8月の雑稿  2002年9月の雑稿
↑退院後の様子はここでわかります↑
病気快方記念!?瀬戸内ツーリングガイド
 松山港はしまなみ海道開通後も、関西・中国・芸予諸島・九州との海の窓口として健在です。港のターミナルは豪華で、朝飯も買えます。
 関西から一旦松山に着いて呉ゆきフェリーに乗ると広島へも行きます。
松山港。ダイヤモンドフェリー・  
Qダイヤモンド。今は韓国で活躍中!
 呉行きフェリー待ってると、乳のよく張ったワンコがゴミ置き場へ。ゴミ収集の人が取って置いてくれた残飯を食べずに口イッパイくわえて二往復。しばらくして戻ってきて残りを食べ始めた。どうやら子供がどこかに隠しているようです。母は偉大でございます。これはワンコでも同じ。

松山と並んで芸予諸島や本州への窓口・今治。
 しまなみ開通後はフェリー廃止等で活気は少なくったものの、関西や芸予諸島へのフェリーが入出港しています。

         
今治港

 呉行きフェリーは車は空いているものの、一般旅客が大勢乗ってくる。
あるグループが大声で騒いでトランプをするのでうるさかった。いい加減しびれを切らしたおいちゃんが一喝! でも暫くしたら、また元の大騒ぎへ・・・ワカモンのジコチュウは懲りませんなぁ・・・(-_-;)
瀬戸内海汽船・四万十川
 潮流激しい音戸ノ瀬戸でフェリーは船を交わし、波穏やかな呉港へ。
 呉は古くからの港で、平清盛が整備。明治には海軍の拠点。戦後は海自と造船の街に。
 いろんな船や自衛艦が見られますよ。ファン必見!

 呉から穏やかな瀬戸内を眺めてR185を東へ。
 竹原は港町として、そして江戸期の古い町並みが残る事でも有名。観光地化された感じあるるものの、人が住んで残している事は意義があると思う。住んでこそ家なんだし。
 さらにこの町は幕末の志士達に大きな影響を与えた儒者で歴史家・頼山陽の生誕地でもある。歴史・幕末ファンは訪ねてみるるべし!
竹原・古い町並み・・・
竹原・頼山陽像
 R185は瀬戸内海の良さを堪能できる国道。日がな一日楽しみたい景色が延々と続く。
 R185がR2が合流する街・三原。ここも港町であり、小早川氏が開いた城下町。街の中心部R2沿いにある船着き場がこの街と瀬戸内の島々とのつながりの深さを感じさせます。

 三原を西に進むと尾道に着く。ここほど船が生活に密接している街も珍しい。 頻繁に尾道水道を行き交う渡船フェリーは地元の足としてバリバリ活躍中。
 ここは観光地としても横綱級の街。絶えず観光客の姿が目につく。古い町並みと坂の多い港町が人気なのですが。最近はしまなみ海道の影響で、再開発なんかが盛ん。うーん古い町が人気の要因なんですが・・・・
竹原−三原間の海岸
三原・須波のなんかすごいフェリー
※画像クリックで悪大します。

夫婦で2ケツバイクツーに
原付おばさんが興味津々!
写真をクリックすると
尾道のフェリー+α!?が見られます
旅とネットと出会い・・・
 呉ではフェリーの事を扱ったのが縁で、知り合ったロータス78さんが所属する「HMBツーリングクラブ」の皆さんと、楽しいひとときを過ごしました。
  旅とネットは共に出会いの窓口。発展してゆけたら、楽しいですね。
皆さんと一匹。 実はライダー犬なんですよ!



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